天才の集中力と勤勉さ

音楽や数学に無縁の私がこの本から得られる示唆は、天才といえども集中力と勤勉さを備えた人間であるということにつきると思う。天才というとなにか特殊な能力を備えているように感じてしまうけど、この本には、とても人間的な話が、テンポよく語られている。

やわらかな心をもつ―ぼくたちふたりの運・鈍・根   新潮文庫

やわらかな心をもつ―ぼくたちふたりの運・鈍・根 新潮文庫

広中 ぼくなんか数学者見ててね、とにかく物凄く頭いいやつがいるわけだ、世の中には。何か神様が狂ってさ、ときどき間違って何人かそういうやつを作るんだろうと思うくらい、ものすごく頭のいいやつがいるんだけどさ。そういう人でも、すごく勉強するね。
小澤 はーあ。
広中 とにかく、ふつうの人の三倍は勉強するね。数学者で、今世紀でもびっくりするくらい、なかなか出てこないくらいの数学者だけど、図書館に入って鉢巻をしてね。(笑)フランス人だけどさ、鉢巻をしてじいっと本を読んでいるわけよ。朝行ってみて、それから講義してまた図書館へ言ってみても、まだじいっと鉢巻してやっているの。(笑)やっぱり天才はそういうやりかたするんだろうね。

勉強ができる人は集中力が違う。そういうことかと納得して終わるのだけど、二人は集中力は、神から与えられたものじゃないという。

小澤 で、ぼくの場合だけど、その、ちょっとさっき話に出たけど、集中力ってのがあって。
広中 うん。
小澤 集中力ってのはやっぱり努力だと思うんだよ。
広中 あ、そう。それはちょっと面白いね。
(略)
小澤 フフ。あのね、ぼく、昔ね、ラグビーやっていたんですよ。中学のとき、成城学園で。
広中 ああ、そう、そう、聞いたことがある。
小澤 あれはね、もう、死ぬほどー大げさに言えばほんとに息がなくなるくらいまで走らされちゃうわけよ。目の前が黄色くなるわけ。それでも、倒れてもまたたたなきゃいけないっていう、意志力。タックルされてもやられてもだめだし、とにかく肉体を意思で前へ前へとやらせるわけよね、ラグビーは。
広中 うん
小澤 しかも訓練も全部それでやる。そのことね、それから音楽−ほら、ぼくのおやじは昔は金があったんだけど、敗戦後、中国から引き揚げてきてぜんぜん無一文でさ、お金なかったから、音楽やるってのは、僕の大変ぜいたくだったわけよ。それをやられているっていう、負い目みないたものがあって。
広中 なるほどね。
小澤 男一匹 、これでくわなきゃいけないなんて悲愴感があったわけよ。その悲愴感と、ラグビーのときの気持ちとか、こういっしょになって、集中しなきゃだめとか、これやんなきゃだめっていう、せっぱつまったものがあったと思う。
広中 うん。そういう環境というか経験によるなにかはあるね。僕も家庭教師をやっててね、大学へ行ってたころ。ぜんぜん仕送りなかったからね。で、家庭教師やって遅く帰るときね、もう、暗くなって、こん畜生!いま勉強してやらなきゃ、と思ってね。これだけ時間ロスしたからさ。

意外に精神面の粘り強さが勝敗を分けているのだなと思った。